Little by Little Step by Step

 
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久々にやってしまった。
母との陰湿な喧嘩。

母はヒステリーだ。いつの頃からか?ヒステリーになった。


父と母が結婚して、2年後くらいから父が腰が重い、痛いと言うようになり、休日は家でごろっと(←腰が苦しかったから)するようになった。

整形外科に行っても何でもないと言われ、カイロプラクティックに週1回通ったりいろいろやった。

当時の1回5000円の治療代はその当時(約35年前)では高く、小さい子供(兄、当時2歳くらい。私はこの約8年後に生まれる。)がいた我が家ではけっこうキツイ出費だった。


そのため、母も働くようになり、父はその後も腰は良くなることなくしんどい中、仕事をしていた。

父はその後、仕事をいくつか変えたために、その間母が一生懸命働いて生活費を稼いでいた。


そして、初めに腰に症状が出てから約20年後(私が小学4年生の時)、父はとうとう足が痺れてきて、もつれて真っ直ぐ歩けなくなってしまった。そしてそれが病気だと分かった。20年経ちようやくわかったのだ。

それからまた母はそれまでより稼げる仕事に付き、父の代わりに生活費を稼ぐのに気を張って必死で毎日働いた。

私は当時、家がそんなに大変だったとは全く分からなかった。それも母が頑張って仕事も家事もしてくれていたからだろう。

そして、父は手術をし、7ヵ月の入院の後、退院した。

その後、父方の祖母を我が家で引き取ることになり、それから約10年祖母と一緒に暮らした。(私が20歳くらいまで)


父は自分のことだけで祖母のことは全部母に任せた。

父が病気になったことも父の実の父(私の祖父。父が赤ん坊の頃に病気でなくなった)からの遺伝も関係あり、祖母を憎む気持ちがあり、そのため、祖母に怒鳴ったり、目の敵にすることが食卓で日常茶飯事だった。

それを母が止め、それに父が苛立つ!そして喧嘩が始まる。これも日常茶飯事。

父が祖母に「きちんと自分の部屋のドアを閉めろ!」と良く言っていた。臭いが嫌だったようだ。

父が祖母に毎日のように辛くあたっているのを聞いて、とても悲しい気持ちだった。

しかし、それが毎日続くと、いつの間にか私も祖母に同じようなことを言うようになっていた。父と同じように祖母を怪訝な目で見るようになっていた。

辛く当たったりして私はなんてひどいことをしたんだろう!!と、あの時のことを思うと胸が締め付けられます。本当に本当におばあちゃんごめんなさい!!!ごめんなさい!!!



母は父に祖母のことで相談したいことがあっても「お前が決めろ!お前がやれ!」と、父は母に祖母のことを丸投げだった。


父は退院後、元の仕事に戻ったが、バブル崩壊でリストラ。
その後、今の仕事に就いたが、もちろん父の給料だけではキツイので、その後も母は生活費を稼ぐために必死で働いた。


もうすでにこの頃、いやたぶんずっと前から母の中で余裕という文字はなくなっていたんだと思う。

ストレスが貯まっても吐き出す余裕さえなく、毎日気を張って生きてきたために、少しのことでイライラするようになってしまったんだと思う。

母は言う。こうなりたくてなったわけじゃない…と。
私は、こういう経緯を考えると仕方ないのかも…とも思う。

でも、人の粗を探して毎日ガミガミと言われるとホント参る。

私まで少しのことでイライラするようになったのが自分で分かる。こんな自分がホント嫌だ。


毎日、ガミガミ言われるたび、私は腹が立つ。それが頂点に達した時、私は汚い言葉で母を追い詰め、ねじ伏せる。

今日もそうだった。私は穏やかに生きたい。自分も穏やかになりたい。だから、母にももう少し変わってもらいたい。そうすればお互い余計なエネルギーを使わないで済むし、笑顔で同じ時間をもっと共有できるのに…と思う。

母は今も一生懸命に働いている。何十年も…。そこはすごく尊敬する。

私の病気が判明するまでの2年間何百万とお金を使った。そのため、老後の貯えもほとんどなくなってしまったと思う。私のためにたくさん苦労させている。

父はあと何ヵ月かで定年で。その後も週何回か働くと言ってるが、その収入はわずかだろうし、そうしたらあとは、母の収入と年金で生活していくしかない。


その収入の中から、電気水道ガス、高熱は、国民健康保険、介護保険、医療費…等を支払っていかなければいけない。

私の一人分の生活費や医療費がかからなければ両親の負担も軽くなるのに。

早く自分のものは自分で稼げるようにならなきゃ!と思う。でも、体は気持ちに上手く付いてきてはくれない…。ここがやりきれない。


今、祖母は北海道にいる叔母(父の姉)の家の近くの老人ホームで暮らしている。伯母が良く顔を出し、お世話をしてくれている。だからきっと幸せだと思う。

北海道に昨年2月ブラッドパッチをしに行った時と9月に検診に行った時に祖母に会ってきた!

呆けてしまってきて、私のことは思い出せないようだが、祖母に会えて、声を聞くことができ、話すことができ、温もりを感じることができ、とてもとても幸せでした!!

祖母の手の温もりはずっと私の手の中に残っています。
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