Little by Little Step by Step

 
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24
 
約1ヶ月前から花粉症の治療を始めた。
花粉が飛散する前から治療するのは初めて。

数年前から、花粉症になり鼻水、目のかゆみと共に長引く咳に困らされてきた(>_<)

それからは咳が出始めてから抗アレルギー剤を飲んだりステロイド液の吸入をするようになった。

でも結局、咳はひどくなって自然に治るまで待つしかない状態(〇>_<)


だから、今年から飛散前から抗アレルギー剤のエバステルOD錠と吸入のパルミコートを始めた。

でも、エバステルを飲むと眠気と苦しさが出るし、エバステルを飲まないで、パルミコートだけ吸入してみても眠気が出て体もだる~くなる( ̄Д ̄)


この2つを調べてみても副作用は少ないらしいけど、私には強くでるみたいで…。

以前、違う抗アレルギー剤飲んだときもダメだったし(≧Д≦)
私には抗アレルギー剤はダメみたい。


でも、花粉期間中、咳がひどくならないために治療したいんだよぉ(´Д`)


エバステルを半錠にしてみたら、副作用も半分になった感じだけど。

なくなるまで飲んで、薬変えてもらおうかなあ。
私に合う薬はあるのやら…。
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    22:40 | Comment : 0 | Top
 
19
 
最後のパッチから今日で1年が経った。

7月まではトイレ、風呂以外はほぼ1日中寝たきり。

ご飯も寝ながら食べさせてもらったり、自分で体を起こして一口食べては横になったり…。


傍で支えてくれた両親がいたからここまでこれた。

治療できたのも毎日療養に専念できたのも、両親が一生懸命に働いてくれているからこそ。

本当に家族にはありがとうございます!と感謝の気持ちでいっぱいです。

でもやっぱり口に出して言えなかった。

そういうことを恥ずかしがらずに言えるようにならなきゃな。
言葉にしないと伝わらないもんね。


パッチしてからの苦痛に堪え忍んだ約5ヵ月間は、すごく大きな大きな経験をしたと思う。

その月日やそれまでの年月を忘れないでこれからも生きていきたい。

そして強く優しい人間になりたい。
    23:59 | Comment : 0 | Top
 
11
 
母がいなかったら今の私はいなかっただろう。

母と一緒に考えて悩んで泣いて、そうしてやっと脳脊髄液減少性に辿り着くことができた。


気の強い母だから、私が気が狂いそうな時もどんな時も全力で私を支えてくれたんだと思う。

仕事で忙しいのに、私が「苦しい、苦しい」と電話すると飛んで帰ってきてくれ、頭を撫で、手を握ってくれた優しい母。

「お母さんがあなたを守ってあげるから!」と言ってくれた母。
この言葉嬉しかったよ!すごくすごく嬉しかった!

お母さんありがとう!
あなたがあって今の私があります。


お母さんが年をとったら私と一緒に住もうね!病気になったら精一杯看病するから!でもなるべく元気でいてね。一緒にいろいろなところに行きたいから。


これからもケンカはすると思うけど、ケンカしても私の心はお母さんへの感謝の気持ちであふれています。

    12:59 | Comment : 2 | Top
 
10
 
久々にやってしまった。
母との陰湿な喧嘩。

母はヒステリーだ。いつの頃からか?ヒステリーになった。


父と母が結婚して、2年後くらいから父が腰が重い、痛いと言うようになり、休日は家でごろっと(←腰が苦しかったから)するようになった。

整形外科に行っても何でもないと言われ、カイロプラクティックに週1回通ったりいろいろやった。

当時の1回5000円の治療代はその当時(約35年前)では高く、小さい子供(兄、当時2歳くらい。私はこの約8年後に生まれる。)がいた我が家ではけっこうキツイ出費だった。


そのため、母も働くようになり、父はその後も腰は良くなることなくしんどい中、仕事をしていた。

父はその後、仕事をいくつか変えたために、その間母が一生懸命働いて生活費を稼いでいた。


そして、初めに腰に症状が出てから約20年後(私が小学4年生の時)、父はとうとう足が痺れてきて、もつれて真っ直ぐ歩けなくなってしまった。そしてそれが病気だと分かった。20年経ちようやくわかったのだ。

それからまた母はそれまでより稼げる仕事に付き、父の代わりに生活費を稼ぐのに気を張って必死で毎日働いた。

私は当時、家がそんなに大変だったとは全く分からなかった。それも母が頑張って仕事も家事もしてくれていたからだろう。

そして、父は手術をし、7ヵ月の入院の後、退院した。

その後、父方の祖母を我が家で引き取ることになり、それから約10年祖母と一緒に暮らした。(私が20歳くらいまで)


父は自分のことだけで祖母のことは全部母に任せた。

父が病気になったことも父の実の父(私の祖父。父が赤ん坊の頃に病気でなくなった)からの遺伝も関係あり、祖母を憎む気持ちがあり、そのため、祖母に怒鳴ったり、目の敵にすることが食卓で日常茶飯事だった。

それを母が止め、それに父が苛立つ!そして喧嘩が始まる。これも日常茶飯事。

父が祖母に「きちんと自分の部屋のドアを閉めろ!」と良く言っていた。臭いが嫌だったようだ。

父が祖母に毎日のように辛くあたっているのを聞いて、とても悲しい気持ちだった。

しかし、それが毎日続くと、いつの間にか私も祖母に同じようなことを言うようになっていた。父と同じように祖母を怪訝な目で見るようになっていた。

辛く当たったりして私はなんてひどいことをしたんだろう!!と、あの時のことを思うと胸が締め付けられます。本当に本当におばあちゃんごめんなさい!!!ごめんなさい!!!



母は父に祖母のことで相談したいことがあっても「お前が決めろ!お前がやれ!」と、父は母に祖母のことを丸投げだった。


父は退院後、元の仕事に戻ったが、バブル崩壊でリストラ。
その後、今の仕事に就いたが、もちろん父の給料だけではキツイので、その後も母は生活費を稼ぐために必死で働いた。


もうすでにこの頃、いやたぶんずっと前から母の中で余裕という文字はなくなっていたんだと思う。

ストレスが貯まっても吐き出す余裕さえなく、毎日気を張って生きてきたために、少しのことでイライラするようになってしまったんだと思う。

母は言う。こうなりたくてなったわけじゃない…と。
私は、こういう経緯を考えると仕方ないのかも…とも思う。

でも、人の粗を探して毎日ガミガミと言われるとホント参る。

私まで少しのことでイライラするようになったのが自分で分かる。こんな自分がホント嫌だ。


毎日、ガミガミ言われるたび、私は腹が立つ。それが頂点に達した時、私は汚い言葉で母を追い詰め、ねじ伏せる。

今日もそうだった。私は穏やかに生きたい。自分も穏やかになりたい。だから、母にももう少し変わってもらいたい。そうすればお互い余計なエネルギーを使わないで済むし、笑顔で同じ時間をもっと共有できるのに…と思う。

母は今も一生懸命に働いている。何十年も…。そこはすごく尊敬する。

私の病気が判明するまでの2年間何百万とお金を使った。そのため、老後の貯えもほとんどなくなってしまったと思う。私のためにたくさん苦労させている。

父はあと何ヵ月かで定年で。その後も週何回か働くと言ってるが、その収入はわずかだろうし、そうしたらあとは、母の収入と年金で生活していくしかない。


その収入の中から、電気水道ガス、高熱は、国民健康保険、介護保険、医療費…等を支払っていかなければいけない。

私の一人分の生活費や医療費がかからなければ両親の負担も軽くなるのに。

早く自分のものは自分で稼げるようにならなきゃ!と思う。でも、体は気持ちに上手く付いてきてはくれない…。ここがやりきれない。


今、祖母は北海道にいる叔母(父の姉)の家の近くの老人ホームで暮らしている。伯母が良く顔を出し、お世話をしてくれている。だからきっと幸せだと思う。

北海道に昨年2月ブラッドパッチをしに行った時と9月に検診に行った時に祖母に会ってきた!

呆けてしまってきて、私のことは思い出せないようだが、祖母に会えて、声を聞くことができ、話すことができ、温もりを感じることができ、とてもとても幸せでした!!

祖母の手の温もりはずっと私の手の中に残っています。
    23:30 | Comment : 0 | Top
 
05
 
豆まきしましたか~?

今まで大した意味も分からず豆をまいていたので、一昨日、豆まきをする前に節分の風習をきちんと知ろう!と思い調べてみました
今年は終わってしまったので来年のためにどうぞ

なぜ豆をまくのか
節分とは=季節の変わり目(立春、立夏…)の前日のことを指していて、その季節の変わり目には邪気が入りやすく、特に春は新年を迎える時と同じくらい大切な新しい年と考えられていたんだって

だから、その節目である立春の前日=節分に「邪気を追い払って、福を呼び込む」ために豆をまくようになったんだって室町時代かららしい


なぜ鬼に豆をまくのか
鬼は昔の読み方「陰(おん)」からきているらしく、陰(陰のもの)=邪気ということから、鬼に豆をまくようになったらしい。

十二支の「丑」は陰陽で考えると陰と考えられていたらしく、鬼の鬼門は丑寅の方角なので、

鬼は牛「丑」の角を生やし、虎「寅」の牙を持ち、虎の皮のパンツをはいてるんだっていろいろ意味があるもんだな~


鬼が嫌いなもの
一昨日の「サザエさん」を見た人は分かると思う
私はこんな風習があるとは全然知らなかった

・臭い鰯(いわし)の頭・痛い柊(ひいらぎ)のトゲ
だから、焼いた鰯の頭を柊の枝に刺したものを玄関の戸口に置くことで、鬼の侵入を防ぐことができるんだって
    02:45 | Comment : 4 | Top
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